テーマ:フランス映画

映画「エヴァの告白」は「道」と「欲望と言う電車」が浮かんできます

人には少なからず「取柄とりえ」と言うものがあります。 ボクの取柄は、「大づかみできる」こと。 小学1年生から中学3年まで一貫して通知簿にそう書かれていました。 ただ、これも必ず続きの言葉があります。 「注意が足りない、しっかり聞きましょうね。」 おそらくこちらをいうために大づかみと書いたんでしょう。 映画の主人公エヴァは…
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あのミファエルハネケ監督の『ハッピーエンド』何がハッピーエンドなのか

ストーリー スマホの画面が突然出てくる ●撮っているのは娘で撮られているのは母親、隠し撮りみたいに 歯を磨き、化粧落とししておしっこをして寝にいくところ。 ●モルモットに何やら食べもの仕込んでモルモットが動かなくなった 「一丁上がり」 と喜んでつい言葉が出る ●目当ての母に試して、倒れたところで救急車を呼ぶ…
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『パリテキサス』仏独英合作のロードムービー

子供の成長はあっという間です。 4歳から8歳で劇的変化します。何しろその4年間は生きてきた人生の半分だからです。 環境の変化や体は変わっていきます。大人でも。 4年あれば何でも起きる。 じゃ 心もそうかって訊いている。 ストーリー 4年前に妻子を残し、何年も彷徨い、飢えと渇きでテキサスの砂漠の中のガソリンスタンド…
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映画「まぼろし」シャーロット・ランブリングがみせます。

何十年も夫婦として暮していて、突然、その相手が消えたら、 どうなるんでしょうか。狂いますか?動揺はしても、また新たな一歩を踏み出しますか。 どっちがいいかは、歴然としているのに、何かが邪魔をする。 「まぼろし」は、失った内容まで把握しているのに、絶対的消滅を確認したにも拘らず 主人公は、狂っていくことを選びます。 …
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『あるメイドの蜜かな欲望』

1964年製作のルイス・ブニュエル監督(非キリスト教者)と、フランスの大女優ジャンヌ・モロー主演 『小間使いの日記』を見た記憶がありますが、 ただ見たという記憶だけで,ジャンヌ・モローの顔が浮かんでくるだけ。 ツタヤでエロティックという棚にたしかにエロティックなタイトル 『あるメイドの蜜かな欲望』という題がありました。 暖…
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映画『 キングス&クイーン  』の150分もかかるのは、きれいごとじゃないからです。

「キングス&クィーン」原題ROIS ET REINE / KINGS AND QUEEN※意味『女王様のケーキ』「王達と王妃 」 王は複数いて,王妃は一人。 始まりの最初。スーパーで 「ゼウスは,スパルタ王の妻、美しきレダを愛してしまい  白鳥に変身して近づいた」 フランス映画は,特にこういう訳もわからない文を連ねる。…
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マゾの語源になった「毛皮のヴィーナス」 

毛皮のヴィーナス 真実というのは、なんなんでしょう。心の中の思い?演じている仕草?吐いた言葉、夢見ていること? 人生は、思い通りになることはほとんど無い。 でも、たまには、思い通りに,偶然に,向こうからやってくる。 正悪の、善悪の基準は、人に迷惑を掛けるかかけないところにボーダーラインが引いてある。 しかも透明…
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「ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して」インディアンとユダヤ人の共通認識が織り成す。

ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して(ジミーとジョルジュ 心のかけらを探して,Jimmy・P) フランス人監督のフランス映画。 主にアメリカインディアンとハンガリー系ユダヤ人の精神療養と,インディアンのアメリカのポジションを 主題に書いています。 「三つ児の魂百までも」的精神分析療法で,ボク自身もそれを受けた経験が有るので ※…
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「ある過去の行方」はイラン人監督アスガル・ファルハーディーの『人の話をちゃんと聞け』を言っている。

「>ある過去の行方」 Le passé ストーリー イランに住むアフマドは、4年前に別れたフランス人妻マリーの願いで、パリの空港で待ち合わせをする。 映画は,厚いガラス越しで挨拶をする。お互い何を言っているのか分からないのに笑顔で話す。 きっと、ありきたりの挨拶だと,お互い気にせずしゃべる。 きっ…
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『母の身終い』あんな風に死にたいなんて、そんな映画じゃない。

父と息子、父と娘、母と娘、母と息子それだけで何万通りのストーリーが作れる それは何故か? 答えが見つからないからなんです。 他所の目で見ると,なんと馬鹿馬鹿しいことでも、小さな小さな宇宙が存在するかのように まったく違う価値観の元で動いているからなんです。 子を思う親,子が思う親は,普遍的なのに。 き…
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「もう一人の息子」の後「そして父になる」が作られた。きっと偶然ですけど

フランス映画ですが監督がユダヤ系フランス人なので 少しユダヤ人に対して甘く描いていますが、 「そして父になる」の日本人同士じゃなく、こどもが6歳じゃなく ユダヤ人とパレスティナ人の取り違え、 17歳(高校卒業間近)、 パレスティナ側には長男がいるという設定 これは、難しいと,直感で思いました。(誰でも思いますわな) …
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「最強のふたり」は、ハリウッド製かと思いました。それほどボクは悲惨なのか

50代と60代の男たちの会話 60A「安楽死が選択できる日本になって欲しい。    スイス・オランダがやっているのに、    超長寿国の日本がしないのはオカシイ」 60B「安楽死はいややな、ぽっくり死にたい、自然に、死期を選ぶなんて、できないなあ」 50A「なんとかして生きたい、安楽死なんて選ばない」 60A「じ…
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「アメリ」は「待っている生き方」を「自ら行く」に変えて幸せになるのかも。

キリスト教は、全然詳しくないのですが、夏目漱石のどれかの小説で 平穏に暮している村人に、キリストが訪れ、 「あの山の向こうにもっと肥沃な穏やかな処がある、 連れて行って上げましょう」 村人たちは、今の暮らしで充分だ、それにあの山は険しすぎるし、果たして向こう側がいいかどうか判らない。 と口々に言ってるのに、 キリスト…
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「自分を葬(おく)る」この世にさよならするとき、誰に会いたいか

「スィミングプール」「まぼろし」を監督したフランソワ・オゾン 彼のテーマは,心象風景。現実ではなく、心の中でのいわば生活を描いている。 確かに、リアルな1日24時間の出来事と心の中での生活時間は,どっちが多いのでしょうか。 実は圧倒的に心の中での生活がボクを支配している。 もちろん、リアルな生活からイチャモンが飛んでくるし,心の…
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実話映画「カミーユ・クローデル」は、事の本質を見出すために、抜き出しフィクション。

スピノザ(哲学者)「知性改善論」(絶対的な善を追求)を途中で投げ出して、 その本の冒頭で 「自分はどうしても名誉欲や、所有欲、性欲から抜け切れなかった」 と書き出している。 絶対的な善てなモノを見つけるのは、無理でしょう。 完成できなかったのに でも、何故出版されたのか。 スピノザは最後は、…
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[フェアウェル さらば,哀しみのスパイ],は、サスペンスじゃなくヒューマンにジャンル分けすべき

farewell [ fare(旅をせよ)+well(良き)] が、さらば、さようなら、ごきげんよう 名詞:いとまごい、告別のあいさつ、送別会 ★good-byより古風で、長旅など長い別れのあいさつに用いる 「セーラー服と機関銃」の主題歌の歌詞の冒頭に 「さよならは、別れの言葉じゃなく ふたたび逢うまでの遠い約…
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[仕立て屋の恋」は、あの「髪結いの亭主」を作った同じ監督です

ピオレットと言う若い女性が殺されて、刑事は言う。 「死ぬのは早いという、22歳で死んだ、”死”に遅いも早いも無い」 そうなんです。90で死のうが,遅いもないし、早いもない。 生きた時に、いつ死ぬか決まっているのに、人が判断するものじゃない ですね、本来は。 ある人が言っていました。 「人は殺される時は、殺される理由…
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[橋の上の娘」は、キリストの「あの山の向こうに連れて行きます」の例示とヴァネッサ・パラディ の魅力

もちろん聖書を読まなくとも有名な教示です。 夏目漱石の「こころ」だったか定かではないのですが、 大昔、ラジオの朗続を聴いて、未だに残っている言葉があります。 イエス「あの山の向こうには、肥沃で平地の豊かな土地があります。」 村の皆が集まり、「あんな遠い、険しい道のでいけません。連れってってくださるなら付いていきますよ」…
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「コード・アンノウン」ミヒャエル・ハネケ監督は、腹を立てて、それから恥じ入らせる。いつもの如し

未完成な短編集的断片の繋ぎ合わせ。 まず聴覚障害児たちのジェスチャーゲーム もちろん誰も答えが違う。フリをした少女は首を振ります。 義弟が家出して、義姉にパンをおごってもらい、そのパン袋の空を物乞いのおばさんに投げつけます。 それを見ていた黒人青年は、咎めてその夫人に謝らそうとして、それが騒動にな…
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『隠された記憶』は見終わった瞬時にむかつく映画です。それはミヒャエル・ハネケ監督のおもうつぼ。

この夫は、聞いてばっかり、動こうとしない、家事もやらない、妻を信じていない、そういう設定です。 だから まず、面白い話。 1週間程前の晴れた、少し暑い日、ほら急に暑くなった日、街を歩いていると、70歳ぐらいの老婆に声をかけられた。 そんな歳にモテルンだって、内心迷惑でもあり、ちょっとうれしかった。 で喫…
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映画「まぼろし」シャーロット・ランブリンと「幻の光」江角マキコと比べてみるのも、言い方悪いけど オツ

何十年も夫婦として暮していて、突然、その相手が消えたら、 どうなるんでしょうか。狂いますか?動揺はしても、また新たな一歩を踏み出しますか。 どっちがいいかは、歴然としているのに、何かが邪魔をする。 「まぼろし」は、失った内容まで把握しているのに、絶対的消滅を確認したにも拘らず 主人公は、狂っていくことを選びます。 …
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「銀河」は、今見ると、ルイス・ブニュエルの映画だから、キリスト教的観点では、やはり憎悪映画なんです

ルイス・ブニュエルは、異端児、シュールリアリズム監督だった。大昔観た記憶はあります。 この映画を観て、普通の人には、失敗作です。 でも、ジャンヌ・モローの「小間使いの日記」1963年、 ドヌーブの「昼顔」1967年を作った監督だと言えば、 食指が沸く世代には、ノスタルジーを感じるかもしれません。 ただ、この歳で見る…
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